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プロフィール2(丸裸バージョン)

もっと細かいプロフィールを書きます!

家族構成

父・母・5歳年上の姉。

幼少期編

ご飯が食べれない子で、とにかく小さかったです。幼稚園に持たせたお弁当は、朝ごはんで使う『味付け海苔』にご飯をちょろっと巻いたものを3個。つまり3口分ですね、これを残して帰って来る 笑

給食が苦痛で苦痛でしんどかった。その頃ストレスとか分かんないですけど今思えばかなり嫌だったのできっとあったと思います。

 

小学校編

自宅から歩いて5分の所にある小学校に通っていました。もちろん背の順では一番前。決して積極的な正確ではなかったですが、1年生のこの時に一番仲良しの友達に出会います。両親は共働きでした。地元に畑があり、父と母は土日になると田んぼや畑仕事をしていました。

けっこう衝撃なんですけど、私小さい頃の記憶があんまりないですよ(汗)

うちは決して裕福ではなかったです。金遣いのヤンチャな父はしょっちゅう車を買い替えてました。性格も短気で怖かったです。母はいつも生活をやりくりするのが大変そうな感じは小さい子供ながら気づいてましたね。

昭和の時代の典型的な嫁姑問題もドストレートにある家でしたし、父が母を守ることもなかったです。

母は機嫌が悪いとヒステリックに怒るタイプで、いつも顔色をうかがっていました。怒らせないようにかなり気を使ってました。

学校生活では1年生に出会った一番の仲良しの子とずーっと一緒に遊んでて普通に楽しかったです。すぐには気づかなかったですけど、その子はちょっとお金持ちの家の子でした。けど、特別嫌なこともなく、劣等感なんて言葉もわからないくらいいつも一緒にいましたね。

給食事件

小学校の中学年くらいまで、やっぱりご飯食べれない子でした。給食は本当苦痛で、今の時代じゃ考えられないけど全部食べ終わるまで片づけもダメとか当たり前の時代。ある日の給食も時間内に食べることができず、昼休みの時間になってみんなが遊んでいる中、1人で給食と戦っていたんです。見かねたクラスの女の子が『もう残していいよ。片づけよ?』って優しく言ってくれたので、担任の先生も居なかったし、半泣きで片づけをしようと思ったら、残飯バケツに残した給食を捨てようとしたその時、私の胃袋が限界に来ていて・・・ゲボりました(笑)

 

小学生 中学年~パン事件~

相変わらず給食は苦手でして。その中でも学校給食に出るパンが、マジでキライでした。パサパサの『ザ・昭和のコッペパン』で、喉を通っていかないパンて世の中にはあるだなぁって思ってた 笑

そんな私がどうやってパンを消した(?!)かと言うと。。。

隠しました 笑

机の中にかくしました。 けど結局先生に見つかっちゃったんだけど、その見つかり方がエグかったのを覚えてます。

 

中学校編

ほぼ小学校から変わらない同級生たちが通う地元の中学校でした。小学校から一番仲良しだった親友とはクラスは離れて、自分的に中学1年は、居心地悪かったですね。内向的だし、親友だけが友達だったので、自分がどうやって友達を作るかわかんなかったっす。中学といえば、まず部活!なんの理由もなく『バトミントン好きやから…やっぱテニス部っしょ~』という意味不明な理由で、まずは体験入部。そしたら新入生だけで30人も入部希望者がいることが判明!『あ~ちょっと女子多めで面倒くさくなりそうやねー』と思ったので速攻やめました。笑

 

安室奈美恵という神

安室ちゃんに出会ったのもこの頃です。マジ神ですね。今でも愛してます 笑

 

高校生編

成績が全然良くなかったので、地元から3駅くらい離れた地域の高校に通いました。中学校3年の時に一緒に通うと決めた友達がいた訳でもなく、1人で通うつもりで受験しました。

まぁなんとか合格できて、無事高校入学できました。地元から一緒に通う友達もできたので普通に楽しかったですね。

あ。人生のモテ期がこの辺りに1度ありました。笑

高2~近所のスーパーでアルバイトを始める。

自分の部屋にテレビ、ビデオが欲しくてバイト代で揃えました♪高校生の必須アイテム携帯電話も自分の稼いだお金で買いました。ちなみに電話代も自分で払ってました。

今になって思うけど、結構な金銭面で自立してるね 笑

社会人編

高校卒業してすぐに就職。この就職は卒業1周間前に決まったもの。実は私、就活したことがないです。卒業したらアルバイト先でそのまま継続して働けばいいかな~って思ってました。結果的に社員として働けることができたのでまぁ良かったのかな。

この頃、地元に残ってる同級生がほとんどいなかったので、性格的にはけっこう尖ってた 笑

わかりやすく言うと同級生がキライでしたね。遊び仲間もいなかったです。

 

ここでは4年くらい働いてました。けど十二指腸潰瘍になったのがきっかけで仕事やめました。

 

ニート編

十二指腸潰瘍をきっかけに、自分の体に変化が起き始めたのもこの頃で。

この症状は未だに起こります。その症状は『吐き気・嘔吐』です。ちょっと環境が変わったり緊張するとガチンコの吐き気が止まらなくて、何もできなかったですね。まさに生活に支障が出るってこの事だと思いました。

ニート生活は8ヶ月間くらいあって、自分の中じゃまだ全然無理でした。母親から色々言われ続けて泣く泣く仕事を見つけに行ったのを覚えてます。

 

再就職はパート

自分のメンタルと体調の事もあって私が選んだのは高校の時にアルバイトをしていたスーパーにパートとして入るという選択でした。

ここには現在も勤務しています。14年目ですね…

 

今自分が学んでいる事、ここに至るまでの心境の変化、苦しみは4年前にさかのぼります。

 

今日までに起きた親友との絶縁との摩擦恋愛事情お金の問題・・・

今思う事は、当時自分の目の前に起きた苦しさの度に1つずつ、本当にちょとずつ成長していった『証』だとかんじています。

問題が起きて辛い時に自分は他人から学び成長してきました。

 

何が言いたいかというと、今苦しいことも、悩みも、全部『気づき』の通過点です。

ヒトは無意識に自分にブレーキをかけちゃう生き物なんです。私もそうです。だって自分の判断材料(思考)は今日までの自分の経験からでしか答えを出す術がないんですもん。

シンプルに言うと、知らないだけなんですもん。

 

知らなかったら、知ればいいんです。

アラサーだし…アラフォーだし…独身だし…彼氏いないし、いままで彼氏いたこともないし…こんな性格だし…お給料少ないし…言い出したらきりがない  笑

 

ちなみに私は今、アラフォー+独身+お給料も少ない+実家生活+友達マジいない です 笑

 

世の中の常識といわれる肩書 

そろそろ私と一緒に外しません?←これスカウトしてますよ。あなたを。

 

『変わり者』扱いされて、否定され続けて、ネガティブなブロックかけてくる人達がたくさんいる中、自分卑下しまくり、他人に迎合しまくってきた私です。

 

もっと自分らしく生きません?

 

 

 

 

 

 

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この記事を書いてる私

この記事を書いている人

名前 ツナ

令和元年 現在 37歳(写真は36歳)

実在の人物です。

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